これから新規クリニック開業をしようとしているドクター、開業場所が中々見つからないドクター、内装費は本当に適切な数字なんだろうかと思っているドクター、色々なお悩みにお答えいたします。
東日本大震災に思うこと
 7月初旬、故郷の岩手県花巻市へ帰省し、レンタカーで釜石市と大船渡市へ私の娘と姉、弟の4人で震災で亡くなった方の供養に行きました。
最初の釜石市では、市内の瓦礫は道端や空き地に片付けられていました。慰霊を行うために釜石港へ行きました。港の周辺の大きな建物の1階は鉄骨だけになっており、2階は壁が大きくは破損して中に何もない様子でした。周囲には、小さな建物が殆どありませんでした。周辺は瓦礫の山が出来ており、空き地には数百台の壊れた車が積み上げられていました。海面に面した岸壁は斜めに盛りあがっており、その岸壁に大きな貨物船が乗り上げていました。これを見ただけでも、津波のエネルギーの大きさが実感できます。この港や町を復興するには5〜10年位、必要ではないかと感じました。
釜石港の岸壁で弟(神主の資格あり)が斉主となり、海に向かって慰霊を行いました。
次に大船渡市へ向かいました。行く途中の道路は、ところどころデコボコ している箇所はあるものの補修されており、スピードを出さなければ大きな支障はありませんでした。
市内は釜石市と同じように、道路の端に瓦礫が積まれており、海に近いところの建物は殆どありませんでした。ここでも、港で慰霊を行いました。
現地を見て感じたことは、テレビや新聞で見た以上に家屋や工場等の建物が広範囲に破壊されており復旧に相当の時間がかかると思われました。
現地を見て胸がいっぱいになり何度、泣きそうになったか判りません。
現地の人は私たちが想像する以上に、いや想像できな程の悲しみや苦しみに耐えて復旧作業にあたっていると思うと、自分の無力さを痛感しました。
私は現地に行ってお手伝いをする事が出来ない状況ですが、現地で不足している物資を調べて出来る範囲で送らせていただくとともに、今度は宮城県と福島県で亡くなった方の慰霊に行く予定です。これは、我が家に課せられた仕事の一つですので、出来るだけ多くの場所へ行き慰霊をしたいと思います。
このブログをお読みになっている皆様も、時間が有りましたら是非、現地に行って応援や慰霊を行っていただければと思います。
もっと、詳細に書こうと思うのですが、思い出すと涙が出てくるのでこれで終わります。
稚拙な文章で申し訳ございません。

読んでいただきまして、ありがとうございます。





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